健全なコードへの道

非決定的なテスト(Flaky Tests)による技術的負債を防ぎ、信頼性の高いテスト環境を構築する実践プラクティス

Tags: テスト, 技術的負債, テスト自動化, CI/CD, 開発プラクティス

はじめに:非決定的なテスト(Flaky Tests)がもたらす技術的負債

ソフトウェア開発において、自動テストはコードの変更に対する安全網として不可欠です。しかし、テストスイートの中に「非決定的なテスト(Flaky Tests)」、つまりコードに変更がないにも関わらず、パスしたり失敗したりするテストが存在する場合、その価値は著しく損なわれます。Flaky Testsは、開発者のテストに対する信頼を失わせ、CI/CDパイプラインを不安定にし、結果として無視されるようになりがちです。これは単なる開発上の不便さにとどまらず、将来的なデバッグコスト増や品質低下のリスクを増大させる、明確な技術的負債となります。

本記事では、この技術的負債としてのFlaky Testsに焦点を当て、なぜ発生するのか、どのように特定し、解消し、そして将来的な発生を防ぐための実践的なプラクティスについて解説します。技術的負債を計画的に解消し、健全な開発プロセスを維持したいと考える技術リーダーやエンジニアにとって、Flaky Testsの問題は避けて通れない課題です。

Flaky Testsの根源:なぜ非決定性が生まれるのか

Flaky Testsが発生する原因は多岐にわたりますが、主にテストの実行環境や外部との相互作用における「非一貫性」に起因します。主要な原因としては以下が挙げられます。

これらの原因が複合的に絡み合うことも少なくなく、Flaky Testsの特定と解消を困難にしています。

Flaky Testsの特定と原因分析

Flaky Testsの解消に向けた第一歩は、それらを正確に特定し、根本原因を分析することです。

特定方法

  1. CI/CD実行履歴の監視: テストがランダムに失敗している兆候がないか、CI/CDシステムのビルド履歴を継続的に監視します。特定のテストケースが繰り返し、しかし一貫性なく失敗している場合、それはFlaky Testである可能性が高いです。
  2. テストのリトライ: 失敗したテストを単独で、または複数回連続して再実行してみます。コード変更なしに成功する場合、Flaky Testと断定できます。多くのCI/CDシステムでは、テストの自動リトライ機能が提供されていますが、これはあくまで問題特定の一助であり、根本解決にはなりません。
  3. 専用ツールの活用: Flaky Testsの検出に特化したツールやCI/CDサービスの機能を活用します。これらのツールは、テストの実行履歴を分析し、非決定的な振る舞いを示すテストをレポートしてくれます。
  4. 開発者からの報告: 開発者がローカル環境やブランチビルドで遭遇した非決定的なテスト失敗を報告できる仕組みを設けます。

原因分析の手法

Flaky Testを特定したら、その根本原因を深く分析する必要があります。

  1. 詳細なログの収集: テスト実行時のログレベルを上げ、失敗時の状況を詳細に記録します。スレッドダンプ、メモリ使用量、ネットワーク通信なども有用な情報を提供することがあります。
  2. 単独および複数回実行: 問題のテストケースを単独で実行したり、異なる環境や設定で複数回実行したりして、再現条件を探ります。特定の並列数でのみ発生する、特定の順序で実行された後でのみ発生するなど、再現性のあるパターンが見つかることがあります。
  3. コードのレビュー: テストコードと、そのテストが対象とするプロダクトコードを詳細にレビューします。並列実行の同期問題、時間依存の処理、外部依存の扱いに疑わしい箇所がないか確認します。
  4. テスト環境の確認: テストが実行された環境の状態(データベースの状態、ファイルシステム、ネットワーク状況など)を確認します。可能な限りクリーンな環境で再実行してみます。

Flaky Testsを解消・予防するための実践プラクティス

原因が特定できたら、それに基づいた対策を講じます。以下に、Flaky Testsを解消し、将来的な発生を防ぐための具体的なプラクティスをいくつか紹介します。

1. テスト環境の隔離と標準化

# 例: テスト環境用のDockerfile
FROM your_base_image
# アプリケーションコードや依存関係をコピー
COPY . /app
WORKDIR /app
# テストに必要なミドルウェアなどをインストール・設定
# ...
# テスト実行用のエントリポイントを設定
ENTRYPOINT ["./run_tests.sh"]

2. テスト設計の改善

// 不適切な例: スレッドスリープで待つ
// new AsyncService().process();
// Thread.sleep(100); // 処理完了を期待して適当に待つ
// assertEquals("expected", result); // Flakyになる可能性大

// 適切な例: ポーリングとタイムアウトで待つ
// new AsyncService().process();
// await().atMost(Duration.ofSeconds(5)).until(() -> asyncResult.get() != null);
// assertEquals("expected", asyncResult.get()); // awaitilityのようなライブラリを使用

3. 並列実行の管理

4. テストコード自体の品質向上

5. CI/CDパイプラインとの連携

Flaky Tests解消の難しい点とチームでの取り組み

Flaky Testsの解消は、多くの場合、時間と労力を要する作業です。その難しさは、原因の特定が困難であること、そして修正がプロダクションコードの深い部分やシステム全体の設計に関わる可能性がある点にあります。

この技術的負債を着実に解消するためには、チーム全体の意識改革と協力が不可欠です。

期待される効果

Flaky Testsを排除し、テストの信頼性を高めることで、以下のような効果が期待できます。

まとめ

非決定的なテスト(Flaky Tests)は、自動テストの有効性を損ない、開発プロセスを不安定にする深刻な技術的負債です。その原因は複雑で多岐にわたりますが、適切な特定手法、体系的な原因分析、そしてテスト環境の標準化、テスト設計の改善、CI/CDとの連携といった実践的なプラクティスを適用することで、解消と予防が可能です。

Flaky Testsへの対策は、単なるテストコードの修正に留まらず、開発プロセス全体の健全性を高めるための取り組みです。チーム全体で問題意識を共有し、継続的に改善活動に取り組むことが、信頼性の高いソフトウェア開発と、技術的負債の少ないプロダクト開発には不可欠です。

本記事で紹介したプラクティスが、読者の皆様が Flaky Tests という技術的負債に立ち向かい、より堅牢で信頼性の高い開発基盤を構築するための一助となれば幸いです。